結城市は茨城県の西部にあり、全国的に有名な「結城紬(つむぎ)」の産地である
ということは知っていましたが、行ったことは一度もありませんでした。
そのうち訪れてみたいと思っていたら、
結城にとてもユニークな人がいることを知りました。
伝統的な製法でつくられたイタリア産の革を使い、
日本の熟練した職人が縫製した革製品を製造・販売しているそうです。
その話は大いに興味深く、実際に会ってみたくなり、
思い切って出かけることになったというわけです。(笑)
毎度おなじみの突撃取材です!
こちらが今回の取材に快く応じてくださった、
アヤメアンティーコ合同会社代表の菖蒲智(あやめさとし)さん。
まずプロフィールから。
菖蒲さんは、生まれも育ちも結城という生粋の茨城人で、
母親は紬の職人だったそうです。
大学卒業後、男性ファッション誌などで有名な大手の通販会社で
革製品ブランドの創設に関わり、製造責任者として活動していました。
そこで学んだことは、
素材や縫製など、物の原点の力を信じること
だったそうです。
商品は、どこかで妥協した時点で愛情がこもらなくなるため、
次第に売上が伸びなくなり、やがて製造されなくなることを実感したそうです。
ものづくりに深く携わっている人ならではの言葉ですが、
ここからが非常に興味深い話です。
その結果、菖蒲さんはイタリアの革文化に深く魅せられ、
直接自分の目でイタリアの革素材や革製品制作の現場を見たくなり
フィレンツェに向かうことになったからです。
そして、フィレンツェで革製品の制作技術とアンティーク刺繍の技術を学び、
昨年帰国して、今年の6月23日に独自の革製品のブランド、
「AYAME ANTICO(アヤメアンティーコ)」をオープンさせたのだそうです。
すごい情熱と行動力ですよね!
AYAME ANTICOのブランド・コンセプトは、
イタリアが誇る伝統の渋革を日本人の熟練職人が縫製する、
アンティーク製法が生み出す上質な革製品。
素材の革には、イタリアの伝統的な「バケッタ(vaqueta)」を使用しているそうです。
「渋革」とか「バケッタ」って何なんでしょうね?
専門用語がたくさん出てくるので、AYAME ANTICOの話に入る前に、
ちょっと革について勉強してみましょうか。
実は僕も今回初めて知ったことばかりなんですよ。(笑)
牛や馬といった動物の皮膚は、そのままだと固くなったり腐敗したりするので、
製品に加工することができません。
そこで皮を柔らかくして耐久性を増すために「なめし」と呼ばれる加工が施され、
動物の皮膚だった「皮」が素材としての「革」へと変化します。
なめしには、古来より植物の樹皮や葉などから抽出した
渋(タンニン)が用いられてきました。
つまり、植物の渋(タンニン)でなめされた革が「渋革」なんですね!
ちなみにタンニンなめしは、革の中心部分までタンニンを浸透させるために
濃度調節が必要となり、工程数が増える分コストがかかります。
そこで、より工程数が少なく低コストで済むクロム(化学薬品)なめしが主流となったのですが、
人体や環境への配慮から、最近は伝統的なタンニンなめしの良さが見直され始めているそうです。
植物タンニンでなめされた革は、クロムでなめされた革よりも
柔らかさの中にコシがあり、型崩れしにくく丈夫で、使い込むほどに艶や色、風合いが深まる
という特長があるそうです。
革製品が「飴色に変わる」なんて言いますが、
タンニンでなめされた革の経年変化(エイジング)のことだったんですね!
次に「バケッタ(vaqueta)」に行きましょうか。
「バケッタ」とは植物タンニンでなめされたイタリアの革の総称であり、
昔ながらの製法でなめされた革は、すべて「バケッタレザー」と呼ばれるそうです。
なるほど。勉強になりますね!
AYAME ANTICOでは、革なめし工場が密集するサンタクローチェ・スッラルノという街にある
バダラッシ(BADALASSI)社のバケッタを使っているそうです。
サンタクローチェ・スッラルノは、アルノ川沿いにある街で、
フィレンツェとはこの川でつながっているんですね。
バダラッシ社は、伝統的なバケッタを継承する数少ないタンナー(なめし革業者)
のひとつとして世界的に有名な会社なんですって。確かに凄そう。
バダラッシ社のバケッタの特長は、
・革本来の風合いを活かすために、革の表面に加工を極力施していない
・原皮をタンニンでなめした後、大量の牛脚油(牛の脚骨を煮て作られる油)で加脂している
・加工に時間がかかるが、一度加脂されたオイルは抜けにくく、しっとりした手触りの革となる
・使い込むほどに色と艶が増し、新品よりも風合いが増す
特に「ミネルバシリーズ」というバケッタが世界的に有名なんだそうです。
現在AYAME ANTICOで使っているバケッタもバダラッシ社のミネルバシリーズ。
ミネルバボックス【Minerva Box】(表面にシボを出すシワ加工が特長)
ミネルバリスシオ【Minerva Liscio】(滑らかで透明感のある加工が特長)
ミネルバボックスやミネルバリスシオは、
シボや「トラ」と呼ばれる直線状のシワが一枚一枚異なり、
表情が個性的なところが魅力なんだそうです。
タンニンでなめされた革は美しいですよね。菖蒲さんがのめり込む気持ちがよくわかります。(笑)
AYAME ANTICOの商品の詳細は、こちらの公式サイトをご覧ください。
では、次にAYAME ANTICO設立までの経緯についてお伺いしましょう。
菖蒲さんが革製品の制作を学んだのは、フィレンツェの
アカデミアリアチ【Accademia Riaci】の革工芸科でした。
イタリアでの学生生活は、毎日が非常に濃かったそうです。
イタリア人の人柄、ものづくりに対する考え方、美術や食文化を知り、
世界中からきた人達と友達になり、さまざまな世界に触れることができ、
行く前と行った後では人生観が大きく変わったそうです。
フィレンツェは、グッチやフェラガモといった
世界的に有名な革製品ブランドの本店が軒を連ね、
革製品を扱う店が数多く存在する街です。
そこでイタリアの革職人からの直接指導で、
手作業でつくられる高品質な革製品の制作技術を学ぶというのは、
革職人を目指す人にとっては、この上なく恵まれた環境じゃありませんか!
そこで出会った職人のひとりがこの方、ステファノ・パッリーニ氏。
ステファノ氏は、40年以上も古道具と手だけで仕事をしている、
伝統的なイタリア職人を絵に描いたような方なんだそうです。
子どもの頃から革製品の職人に憧れ、技術を学ぶために
アメリカやメキシコで修行した時代もあるそうですが、
そこから得た結論は、
「機械の時代だからこそ、伝統の手縫いを守り続ける」
というものだったそうです。
現在はイタリアでも数少ない手縫い専門の職人として、
故郷のフィレンツェで若い職人たちに技術指導を行う傍ら、
「ステファノ・パッリーニ」という自身のブランドを運営しています。
ステファノ氏はAYAME ANTICOの専属職人でもあり、
手縫いの革製品を手がけているんですって。
これが彼の作品のひとつ、限定数生産のベルト。
丁寧な仕上がりですよね。
縫い目にミシンのような完璧な正確さを出さず、
あえて手縫いの雰囲気を残してざっくり縫い上げるのが、
イタリアの革製品がもつ独特の味わいなんですって。
確かに手作りの暖かみが感じられますよね。
そして、もうひとつはフィレンツェのチェリビンテージ【Ceri vintage】という
アンティークショップの工房で開かれる刺繍教室。
そこの講師ウルリカさんは、若い頃から古い刺繍の技術に興味があり、
ヨーロッパ各国で技術を学び、現在は有名ブランドで縫製アドバイザーを務める傍ら、
チェリビンテージの工房でアンティーク刺繍の講師をしている方。
彼女が教える刺繍は、機械を一切使わず、
ベースとなる生地、シルク糸、針だけで行うそうです。
シルク糸の色を少しずつ変えてグラデーションをつけることが特徴で、
非常に繊細で美しい模様になりますが、ひと針ずつ丁寧に縫っていくため
ひとつの作品を仕上げるのに、2週間から1ヶ月以上かかるそうです。
菖蒲さんはこの教室で
中世の貴族のコートなどに用いられていた刺繍の技術
ビーズを糸に通して縫い込む技術
レース生地を一から作る技術
などを教わったそうです。
ウルリカさんとの出会いは、アンティーク好きな菖蒲さんが
チェリビンテージで古着を買っているうちに仲良くなり、
伝統製法について学ばないか、と誘われのがきっかけだったそうです。
これは菖蒲さんがつくった鞄。
人と人との出会いやつながりというものは、面白いものですよね。
ついでに言うと、AYAME ANTICOの公式HPに登場するイタリア人は、
全員菖蒲さんの友人や知人なんですって。
(ステファノ氏とウルリカさんも動画で登場しています。)
イタリア人の友達とは今でもFacebookでやり取りしていて、
遠く離れていてもお互いのことを気にかけている「仲間」なんだそうです。
AYAME ANTICOの製品は、国境を超えた人と人とのつながりから生まれたんですね。
そういうのっていいですよね!
さて、このふたつの学校とふたりの師匠から、
手作りの作品の制作過程、作り手の気持ち、昔の文化
を学び、菖蒲さんが得たことは…
「機械による大量生産ではない手作りの作品は、
完成までに時間がかかる分、作り手の情熱や愛情が詰め込まれたものになる」
AYAME ANTICOの「ANTICO」というイタリア語には、
「古風なもの、アンティークなもの」という意味がありますが、
「伝統的に受け継がれるべきアンティーク技術や、
物を大切にして良い物を長く使う、かつての日本文化を復活させたい」
という菖蒲さんの願いも込められています。
そのために、自分の目で見て納得したイタリアのバケッタだけを取り寄せ
オフィスのミシンでモデルをつくり
60年以上革製品だけを作り続けている日本の工房に持ち込み
職人さんたちに会って直接話し合いながら仕上げ
熟練した日本の工房に金具を発注しているそうです。
革製品の制作過程や作り手の気持ちを熟知している、菖蒲さんならではのチームワークですよね。
革だけイタリア産である理由は、現在の日本の革では、
バケッタのような風合いや色がどうしても出ないからだそうです。
でも金具と縫製は、日本の工房の方が仕上がりが丁寧なんですって。
特に「菊寄せ」や「念引き」と呼ばれる技術は、日本の職人の方が上手いそうです。
日本人は器用で、細部までつくりにこだわりますからね。(笑)
*菊寄せ:角の部分の菊の花びらのような丁寧なきざみ。装飾性と機能美を併せ持つ技術。
*念引き:縁とミシン目とのわずかな空間に微妙なラインを入れる技術。
見た目の印象が引き締められる。
さらに、AYAME ANTICOの製品には、ウルリカさんの教えが生かされているそうです。
それは、ヌバックとともに内装の一部に使われている「グログラン」にあります。
グログランは、ヨーロッパで400年からの歴史があり、
伝統的に正装用のコートやドレスなどに使われてきた織物です。
内装にグログランを使うことで、革をダメージから保護しながら
財布自体を薄く、軽くすることができるという利点があるそうです。
刺繍と革製品は直接関係なさそうに思えましたが、そういうことだったんですね!
AYAME ANTICOの今後の展開としては、
日本で取り扱いのない希少な革を直接輸入して制作した製品
財布以外の鞄などのラインアップ
結城紬とのコラボ
などを考えているそうなので楽しみです。
菖蒲さんの中にはやっぱり結城の職人の血が流れているんですね。
さて、菖蒲さんは、なぜ東京ではなく結城にオフィスを置いているのでしょうか。
ちょっと気になったので伺ってみました。
その理由は、ステファノ氏の生き方や制作姿勢への共感にあるそうです。
ステファノ氏の工房は、フィレンツェの中心街から離れた
静かな山の上にある古いレンガ造りの工房なんですって。
そこにはたくさんの動物がいて、羊の群れや広大な山脈を一望できるそうです。
ステファノ氏がそこを選んだ理由は、
クリエイティブな感性を保ち、時間をかけて味のある作品を作り上げるには、
都会の喧騒ではなく、自然の中でゆったりと時間の流れる環境の方がふさわしいから。
だから、菖蒲さんもあえて結城にオフィスを置いているそうです。
その気持はよくわかります。
茨城の本当の良さは、都会とは異なる時間の流れ方にあると思うからです。
今回は非常に内容の濃い、興味深い話ばかりでしたが、
初対面にもかかわらず、うちとけた雰囲気の中、ひとつひとつ丁寧に教えていただきました。
このフレンドリーで人間的な温かさは、菖蒲さんがイタリアで知り合った人々
にも共通するものなのだろうと思います。
この取材を通じて、どこにいようと、自分のやりたいことや夢、理想
を追求し続ける人間にはとても魅力がある、ということを感じました。
そして、菖蒲さんの革製品作りにかける情熱と
結城からネット通販で挑戦するAYAME ANTICOを
広く知ってもらいたいと思いました。
個人的にもAYAME ANTICOの製品はとても気に入っています。
僕はどちらかと言うと物にはあまりこだわらず、
できるだけ物を買わないようにしているのですが、
AYAME ANTICOの製品は手に入れたくなりました。(笑)
ちょうど小銭入れを買おうと思っていたところで、
かみさんとひとつずつ購入したので、ご覧に入れましょう。
デザインがシンプルで、革の色が美しく、手触りがとても良いんですよ。
これなら長く使えそうです!
これは購入直後の新品の状態。
これは1ヶ月後くらいのミネルバボックス。ちょっと色が濃くなってきたかな。
(さらに詳しいレビューは、こちらをご覧ください。)
AYAME ANTICOの製品は、どれも永年保証が付くため、
一度購入すると、一生使い続けることができるという点も気に入りました。
修理費用は、ダメージの状態にもよるので応相談みたいですが、
縫い糸のほぐれといったものであれば、無料で引き受けてくれるそうです。
引取便の送料も無料なんですって。
さらに購入したがイメージと異なるといった場合も、
未使用であれば、引取便の送料無料で対応してくれるみたいです。
親切ですよね。
AYAME ANTICOの製品は、現在は公式サイトのネット通販のみですが、
近い将来、県内に実店舗ができる日がきっと来るでしょうね。
そのうち僕もかみさんとイタリアに行ってみようと思います。
それではまた。Ciao!
AYAME ANTICOへのお問い合せは、こちらの公式サイトをご覧ください。