水戸銀杏坂のS&F(サウンド・アンド・フューリー)は、40年以上続く老舗ジャズバー

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水戸にはお酒を飲みながら音楽を楽しめるバーやレストラン、カフェなどが結構ありますよね。

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ざっと挙げてみても、

ブルームーズ(Bluemoods)大工町2丁目

アッシェバー(H’s BAR)栄町1丁目

ぐあらんどう 泉町1丁目

アンバーハウス(AMBER HOUSE)泉町3丁目

ビバップ(Bebop)泉町3丁目

ペーパームーン(Papermoon)南町1丁目

イタリア食堂ノヴィタ(NOVITA)南町2丁目

ミルウッド(Mill Wood)南町2丁目

マッキーズバー(Macky’s Bar)南町2丁目

セレーネ(Selene)南町3丁目

ソウル・イン・モーション(SOUL in MOTION)宮町3丁目

ウーピン(Wouping)宮町2丁目

コルテス(JAZZ ROOM CORTEZ)けやき台3丁目

ガールトーク(Girl Talk)白梅1丁目

スケアクロウカフェ(Scarecrow Cafe)白梅1丁目

などなど。

お酒の種類やライブ・音響設備、聴ける音楽のジャンルなど、お店によって異なりますが、どこも週末の夜は常連さんで賑わっています。

さて、ジャズ喫茶の時代から、40年以上も変わらぬスタイルで営業し続けている茨城県最古のジャズバーが水戸駅前にあることをご存知ですか?

S&F(Sound & Fury:サウンド・アンド・フューリー)です。

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水戸のS&F(サウンド・アンド・フューリー)とは

老舗の「ジャズ喫茶」とか「ジャズバー」と聞くと、常連客が席を占めていて、入りづらいと思われるかもしれません。

確かにS&Fには創業当時から通うお客さんが大勢いて、ミュージシャンなどの著名人も訪れますが、ジャズにあまり馴染みのない方でも入りやすいせいか、若者やカップルのお客さんも多いのが特長です。

お店の場所は水戸駅北口、銀杏坂の郵便局側。

ここに立ち並ぶビルの多くは、高度成長期の終わり頃から1970年代に建てられたものですが、幾何学的なデザインがどことなくパウル・クレーの絵を思わせ、子供の頃からここには他所とはちょっと異なる時間が流れているような気がしていました。

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もっとも、この通り沿いのお店の大半は薄暗くなる頃にはシャッターを下ろしてしまい、日曜日は休むところも多いので、宮下銀座のある東照宮側と比べると、昔からちょっと寂れたような感があり、そのせいで同じ駅前でも他所とは印象が異なるのかもしれませんが。

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さて、日が暮れて人通りが少なくなる頃、ここを歩いていると舗道に置かれた看板に目が留まります。暗がりの中でそこだけ明るく輝いているので、子供の頃から気になっていましたが、多分、ここを通りかかったことのある方なら、見覚えがあるでしょう。

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この看板がいつからここにあるのか知ったのは最近のこと。

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お店の名前がアメリカの作家ウィリアム・フォークナーの小説「響きと怒り:The Sound and the Fury(1929年)」に由来すると知ったのも最近のことでした。

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看板の奥に見える、ほの暗くて狭く、急な階段を上っていくと、

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壁に貼られたポスターが目に入り、

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扉の向こうから、ジャズのメロディーが聞こえてきます。

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「いらっしゃい!」

「こんにちは!」

時間が早いので、まだ先客はいないようです。

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ママ:今日は暑かったですね。

僕:そうですね。数日は続くみたいですよ。

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ママ:そうですか!今日は何にします?

僕:さっぱりしたものをお願いします。

ママ:じゃ、ハイボールにしましょうか。

僕:ええ、お願いします。

(お酒が飲めない方には、ジンジャーエールやコーラなどもあります。)

酒の肴は乾き物だけでもいいですし、

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もの足りなければ、ママお手製の厚焼き卵、菜の花のお浸し、きんぴらごぼうなどをいただくといいでしょう。

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どれも丁寧につくられていて、とても美味しいのですが、特にこの厚焼き玉子は、奥久慈の軍鶏卵を使うこともあり、濃厚でとても食べごたえがあります。

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パンが良ければ、ママお手製のサンドイッチもあります。こちらもボリューミーで、やはり食べごたえがありますよ!

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すると「何かかけましょうか?」と、隣りにいるマスターから声がかかります。

ここはもともと「ジャズ喫茶」としてスタートしたお店なので、レコードを豊富に取り揃えてあり、マスターによれば一万枚以上もあるそうですが、もちろんその大半はジャズ。

と書くと、「じゃ、ジャズがわからないと行っても仕方ないのでは・・・?」と思われるかもしれませんが、大丈夫。

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マスターの専門はジャズですが、ロックやポップス、映画のサントラなどもあり、幅広くリクエストに応じてくれますし、レコードやCDの持ち込みもOKなので、ジャズに詳しくなくても、ジャズファンでなくても楽しめるからです。

僕はジャズには全く詳しくないので、ロックやポップス、ボサノヴァ、映画のサントラなどをリクエストすることが多く、そういうレコードをかけてもらうことが多いんですよ。(笑)

マスター:ボサノヴァっぽいのかけようか?

僕:そうですね!

すると、奥の棚や3階の倉庫からレコードを探してきてくれるのですが、この「間」がいいんですよね。

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CDやPCで聴くようになって久しいので、紙のジャケットからレコード版が取り出され、ターンテーブルの上で回転し始め、アームが動いて針が落ちるのを見ると懐かしくなりますが、つい数十年前まで音楽はこうやって聴いていたんですよね。

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スピーカーは1970年代につくられた、今はなきアルテック社のもの。良い音出します。

(アルテック社:アルテック・ランシング・テクノロジーズ・インク。かつて劇場や映画館向けの業務用機器をつくっていたアメリカの音響機器メーカー。)

やっぱりアナログは音にあたたかみがあっていいですね。同じものでもCDと聴き比べると、音が生き生きしているんです!レコードを聴いたことのない今の若い人に一聴をお勧めします。

さて、素晴らしい音楽とお酒で気分がリラックスしてくると、マスターやママ、隣りに座った人との会話も弾みます。

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「ジャズ喫茶」と聞くと、「私語厳禁」というお堅いイメージがあるかもしれません。

僕もこういうお店は、気難しいマスターとジャズマニアが、黙ってひたすら大音量でジャズを聴く「怖い場所」だと思っていました。(笑)

だから、僕みたいにジャズをよく知らない輩や、ジャズ以外のものをリクエストする輩は「即刻退場」させられるだろうし、マニアの熱いジャズ談義にはついていけないだろうから、入らないほうがいいとずっと思っていたんです。(笑)

恐らくそういう「排他的なイメージ」は、小説や映画、昔ジャズ喫茶に通った年配の方々のお話などからくるのだろうと思いますし、実際、僕も父親からそういう話を聞いたことがあります。

でも、S&Fがそういうお店でないということは、通ううちにわかってきました。

ここのマスターとママは非常に気さくで親しみやすい方で、常連さんも音楽を愛する穏やかな方ばかりなんです。

だから、店内にはいつも、適度なざわめきと和やかな空気が満ちていて、初めて入った人でも、いつの間にかくつろいで、お店の人や隣に座った「見知らぬ人」との会話に溶け込むことができると思います。

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僕がここに通うのも、そういうS&Fの雰囲気に魅力を感じているからですが、お酒や音楽を楽しみながら、自分の知らない時代や世界の話に耳を傾けるのは、とても素晴らしいことだと思います。

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S&Fマスターが語る昔の水戸の街

僕:マスターは水戸の生まれですか?

マスター:三の丸。生まれ育ったのは戦後間もないころだよ。

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僕:その頃の水戸はどんな感じだったんですか?

マスター:駅南はまだ田んぼで、街なかを水浜電車が走ってて、街頭放送でジャズが流れ、街にはまだ進駐軍がうろうろしていたなぁ。

僕:駅南が田んぼだったのは写真で見たことがあるんですが、千波大橋はまだなかったんですか?

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(写真:「激動の昭和鉄道史」より)

マスター:なかった。奈良屋町の先に踏切があったんだよ。

僕:どの辺りですか?

マスター:昔ガスタンクがあったとこの先。

僕:あぁ、あそこですか。今はマンションが立ってますよね。

マスター:あれは「開かずの踏切」だったなぁ。

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(写真:中川浩一氏撮影「激動の昭和鉄道史」より)

僕:「奈良屋町」って、今は「宮町」になってる、サントピア裏手の窪地のことですよね。あそこって昔は「赤線」とかそういう場所だったんでしょ?

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マスター:そう。売春禁止法ができるまではそういう場所。子供の頃、夕方千波湖から釣の帰りに通りかかると、お姐さんたちが団扇でパタパタあおいでいるのが見えたなぁ。

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(写真:「水戸のいまむかし」国書刊行会より)

隣に座った年配のお客:道沿いにそういう店がズラッと並んでて、とても賑わってたよ。

僕:そうだったんですか!今はなくなっちゃいましたが、ちょっと前まではそれっぽい建物がいくつか残ってましたね。

隣に座った年配のお客:一時期はオカマがいっぱい立ってたなぁ。(笑)

僕:いましたね。高校の頃はよく見かけましたよ。(笑)

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僕:「水浜電車」って1965年頃に廃止されたチンチン電車でしょ。マスターは乗ったことあるんですか?

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(写真:RM LIBRARY63「茨城交通水浜線」中川浩一著より)

マスター:あるよ。大洗から上水戸あたりまでレールが走っててね。

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(写真:「写真記録茨城20世紀」茨城新聞社より)

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(写真:RM LIBRARY63「茨城交通水浜線」中川浩一著より)

よくあれで海水浴に行ったなぁ。乗車賃が15円で、曲がり松の停留所で降りると、目の前がすぐ砂浜でね。

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(写真:RM LIBRARY63「茨城交通水浜線」中川浩一著より)

観梅の時期には「花電車」も出て、大工町まで乗ったよ。「つくし堂」のところで新荘の方に曲がってね。

隣に座った年配のお客:その先の谷中あたりは住宅街の中を走るから、電車から線路沿いの家の中が見えてね。(笑)

マスター:そうそう。窓が開いてると、ご飯食べてるとこが見えた。(笑)

僕:乗ってみたかったなぁ。ところで水戸にも進駐軍がいたんですね!

マスター:いたよ。今の裁判所のところが本部だった。GIが街なかを歩いてた。

 

隣の年配のお客:2、3人で連れ立って歩いてたな子どもが「ギブミー、チョコレート」なんて言ってね。

僕:へえ!水戸にもそういう時代があったなんて、今じゃ信じられないような光景だなぁ!でも、街頭放送って、「メガネ、メガネ、ラララ・・・」っていう、今も流れているあれですよね?

マスター:そう。ラジオがなかった頃、あれが「水戸のどこどこで火事がありました」って、ニュースを流してたんだよ。

隣の年配のお客:ラジオより速かったよね。

マスター:そうそう。で、レコードでジャズも流してた。

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(写真:「水戸のいまむかし」国書刊行会より)

僕:そうなんですか!じゃ、子供の頃からジャズが身近にあったんですね。

マスター:そうだね。水戸の街なかを歩いているとジャズがかかってたから。ただ、当時はジャズもポップスもごっちゃで、外人がやってる音楽はみんな「ジャズ」扱いだったけどね。(笑)

僕:なるほど。じゃ、そういう時代背景がこのお店につながったということですかね。

マスター:それはあるだろうね。ジャズがいちばんカッコイイと思っていたから。

隣の年配のお客:そろそろ帰ろうかな。マスター、お勘定。

マスター:ありがとうございます。

ママ:お気をつけて。またいらしてください。

隣の年配のお客:(僕らに向かって)じゃ、またね。ゆっくり楽しんでいってね。

僕、かみさん:さようなら。また、お会いしましょう。

ママ:あの方は、昔、渋谷で有名な喫茶店を開いてたマスターなの。カラヤンもお店に来たことがあるんだって。今日は誕生日だからいらしたんだけど、80歳だって。

僕:そうなんですか!見えないですよね~。

マスターが語るS&Fオープンまでの経緯

マスター:次、何か飲む?

僕:マスターのお薦めは?

マスター:うちのシングルモルトのブレンド飲んでみる?

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僕:マスターがブレンドしたの?

マスター:そうだよ。これは非売品。(笑)

僕:美味しい!

マスター:これが飲めれば、どんなウィスキーも飲めるよ。

隣の別の客:マスター、僕にもちょうだいよ!

マスター:え、僕の分がなくなっちゃうじゃないの!ちょっと待ってて。(笑)

僕:じゃ、お店を始めるまではどんな感じだったんですか。

マスター:二中を出て、高校は東京の学校に行ったの。東京オリンピック(1964年)の頃だね。首都高がまだ建設途中で、都電であちこち行けた時代。新宿あたりのジャズ喫茶にずいぶん通ったな。

僕:当時のジャズ喫茶って、いくらくらいだったんですか?

マスター:値段に差があった。下宿の近くのジャズ喫茶はコーヒー一杯60円くらいで、街なかの店は150円だった。

僕:ずいぶん値段に差があったんですね。

マスター:そうだね。置いてるレコードの数と音響機器の質にそれだけ差があったから。

僕:なるほど。当時の150円てどれくらいの価値があったんですか?

マスター:60円くらいあれば食事できたし、200円あれば映画が観れた。

僕:じゃ、コーヒー一杯で150円というのは、かなり贅沢だったんですね。

マスター:そうだね。それでも家にはレコードもステレオもない時代だったから、店は常に満席で、みんな相席で黙って聴いていたんだよ。

僕:なるほど。だから、「コーヒー一杯で何時間もねばってジャズを聴いた」という話があるんですね。

マスター:そう!

僕:当時はジャズが流行っていたんですか?

マスター:流行ってたのはフォーク。あとはビートルズが出てきたから、ロックも人気だった。

僕:じゃ、マスターは高校の同級生とかと通ったんですか?

マスター:いいやぁ、つるむのが好きじゃなかったから、いつもひとり。(笑)高校生でジャズ聴いてる人は少なかったし、大学生とかもっと年上の人が多かった。たまに学校の先生と出くわすことがあって、「先生もジャズ好きなんですか~!」なんてこともあったなぁ。(笑)

僕:当時の話に「ジャズ喫茶は学生運動のたまり場で、チャーリー・パーカーを聴いた」といったエピソードが出てくるから、てっきりジャズが流行っていたのかと思ってました。

マスター:確かに中にはそういう人もいたけど、僕は学生運動には関わらなかったし、ジャズが本当に最先端の音楽として流行ったのは、もっと上の世代、今の80代の人たちだね。

ママ:石原裕次郎さんとか、都知事だった慎太郎さんの世代。あの世代には熱心なジャズファンが多く、レコードもたくさん持ってて、うちに来る方もいますよ。

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(写真:水戸在住の映画絵看板師、大下武夫さんの絵看板展「懐かしの銀幕スター展」より。)

マスター:戦後すぐから1950年代はキャバレー全盛の時代で、あちこちにジャズの生演奏を聴かせるお店があって、ジャズやってれば食っていけたんだよ。水戸や日立にもそういうお店があった。

僕:あぁ、横溝正史の「病院坂の首縊りの家」に出てくる、ベース回りのバンドが進駐軍相手にジャズを演奏していた時代ですね。

かみさん:桜田淳子の「It’s only a paper moon」良かったよね。

僕:じゃ、マスターが本格的にジャズにハマったきっかけはなんだったんですか?

マスター:もともとジャズが一番だと思ってたけど、モダンジャズが出てきてコレだって思ったね。

僕:モダンジャズって、何が違うんですか?

マスター:「モダンジャズ」と言ってもいろんなスタイルがあるけど、簡単に言うと、それまでは踊れる音楽だったのが、モダンジャズになってからは、聴く音楽になったってことかな。観賞性が強くなったの。

僕:なるほど。だからジャズ喫茶は「黙って聴く」ってイメージなのかな。ジャズって黒人の音楽ですよね?

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マスター:って言うけど、最初から黒人だけでなく白人も関わっているんだよね。ジャズは西洋音楽とアフリカ音楽が組み合わさって発展した音楽で、その時々でいろんな他の音楽の要素を吸収して進化し続けてきたんだよ。

僕:なるほど。だからいろんな様式があって、膨大で、どこから入ればいいのか、何を聴けばいいのかわからなくなるんですね。(笑)

マスター:まぁ、聴きやすいものから入って、いろいろ聴いてみたらいいと思うんだよね。そうするうちに自分の好みとか、コレっていうのがわかってくるから。入門書とか読むのもいいけど、いろいろ聴いてみた方がいいね。

僕:マスターは、モダンジャズでは何が最初にコレだったんですか?

マスター:フランス映画で使われているのを聴いた時。「死刑台のエレベーター」とか「危険な関係」とか。

僕:ヌーヴェル・ヴァーグの頃ですよね。僕も学生の頃観ましたよ。使われてるジャズがカッコイイですよね。

かみさん:「死刑台のエレベーター」は観に行ったことがある!映画よりも音楽の方が話題になってましたよね。

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マスター:そうそう。その辺りからもっとスゴイのがないかな~って探り始めて、どんどんハマっていったって感じかな。

僕:じゃ、お店を始めたのはいつなんですか?

マスター:1970年(昭和45年)の6月。22歳の時。ジャズ喫茶なら好きなだけジャズが聴けるし、話すの苦手だから、ジャズ喫茶のマスターなら話さなくてもいいし、これなら俺にもできるかもって。(笑)

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僕:そうなんですか。まだ1ドル360円だった時代ですよね?

マスター:そう。海外旅行なんて行きたくても行けなかった時代。

僕:その頃ジャズ喫茶とかジャズバーやるのって大変だったんじゃないですか?

マスター:そうだね。洋酒がとにかく高かったから、飲みたくても飲めなかった。誰も頼まないから、バーの棚の上でウィスキーのボトルが埃かぶって、タバコのヤニで変色してたよ。(笑)オーディオも高かったし、レコードも売ってないから東京まで買いつけに行ったなぁ。もちろん傷だらけの中古版だったけど。レコード屋のおやじが偉そうに威張っててね。(笑)

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僕:そうでしょうね。僕が子供の頃もレコードは高かったし、輸入品が安くなったのは、円高になった1990年前後くらいからですよね。

マスター:だから昔のジャズ喫茶はレコード100枚くらいでやってるところが多かったし、ウィスキーも押入れ一杯に買い集めて大事にしてたな。うちも100枚くらいから始めたから、最初はお客さんのリクエストに答えられなかったなぁ。

昔のジャズ喫茶は入りづらかった

僕:1970年は、大阪で万博が開かれた年ですよね。僕は母親のお腹の中にいましたよ。(笑)

マスター:じゃ、この店と同じ歳?

僕:お店のほうがちょっとだけ先輩。

マスター:うちに初めて来たのはいつ?

僕:物心つく頃には、お店のこと知ってましたよ。昔、水府町の屋内プールにスイミングスクールがあって、通ってたんです。

(水府町の屋内プールのスイミングスクール:1970年代に存在した「ヒサタ・スイミングクラブ」のこと。下市の久田玩具店のご主人がオーナーで、ふたりの国鉄職員の方が指導していたが、1980年ごろオーナーが亡くなって自然消滅した。)

マスター:あぁ、そう!僕らの頃は水府橋の下で川で泳いでたよ。(笑)

僕:小学校2年から5年くらいまでバスで通ったんですが、家から1時間くらいかかるし、冷房で冷えるとお腹が痛くなって、銀杏坂のバス停で途中下車して、そこの公衆トイレに駆け込んだんです。(笑)

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で、駅に向かって坂を下りながら見上げると、ビルの2階正面が木で覆われてて。「なんで窓を塞いでるんだろ・・・中は・・・?」って思いましたね。(笑)

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マスター:子どもだから「MODERN JAZZ」の意味もわからないしね。

僕:そう。「SF」はサイエンス・フィクションのことだと思ったし。(笑)

マスター:じゃ、中は秘密基地で宇宙人が隠れていると思ったんじゃないの?

僕:そうかもしれませんね。(笑)UFOとか宇宙人ものはかなり読んでましたから。とにかく窓が不思議で、中がどうなっているのか知りたかったんです。

マスター:で、見に来たの?

僕:いいえ。小学2、3年のころですから、そんな勇気はなかったですね。さらわれたら嫌だし。(笑)

マスター:じゃ、いつ来たの?

僕:ずっと後です。高校生になってから。書店をハシゴしたり、サントピアやロックボトム、トイレ横の2FにあったD.D.C.に寄った後で坂を下っていると、やっぱり木の窓とSFの文字が目に入って・・・気になるから思い切って階段を上ってみたんです。

マスター:で、入った?

僕:いや、入らなかった。(笑)その頃は「ジャズ喫茶」っていうのはわかったけど・・・

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ロックや流行りのポップスしか聴かなかったから、場違いなんじゃないかって。(笑)「お前はここに入る資格があるのか?」って、あの扉に言われてるみたいで、高校生のガキには敷居が高くて・・・隣のトイレ借りてすぐに退散しました。(笑)

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マスター:ははは。昔のジャズ喫茶だったらそうだったろうね。

僕:やっぱりそうだったんですか。親父から聞いたことがあります。「私語厳禁」とか。

マスター:うん。話すと「出てけ」って言われたよ。昔のジャズ喫茶のマスターは大抵ムスッとしてて、「お前は来なくていい」って感じだったし、出入り禁止とかあった。行くと「また来たのか」って嫌な顔されて、それでも通っているとやっと少し相手してくれるようになって。(笑)

ママ:昔のジャズ喫茶のマスターは偏屈な人が多くて、「全日本ジャズ喫茶マスター偏屈ランキング」まであったの。ここのマスターはランキングに入っていなかったけど、とにかく変わった人が多かったのよ。(笑)

マスター:うちも昔は入り口のところに「No Room for Squares」って掲げてたけどね。(笑)

僕:「頭のかたい人、入店お断り」って感じですか?

マスター:そうそう、そんな感じ。ハンク・モブレイのアルバムタイトルから取ったんだよ。

僕:なるほど。じゃ、一応僕の直感は外れていなかったわけですか。(笑)

ママ:昔はマスターも若かったから、ちょっと突っ張ってたのよ。(笑)

マスター:ははは。でも、うちはずっと「私語OK」だから。

僕:じゃ、半分は僕の思い込みだったということで。(笑)

マスター:じゃ、初めて来たのは高校を卒業してから?

僕:えぇと、大学に入って間もなかったから1990年ごろ・・・夏休みに帰省した時ですね。大学は神戸だったんですが、駅前をぶらぶらしてたらここのこと思い出して。トイレの裸電球と真鍮の金具が良い感じだったなぁって。(笑)で、思い切って扉を開けました。

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マスター:あの真鍮を盗もうとした奴がいるんだよ。ゴソゴソ音がするから行ってみたら、慌てて逃げてったけど。(笑)で、その頃はジャズ聴いてたの?

僕:いやぁ、あまり・・・というか、ほとんど聴いていなかった。(笑)僕が10代の頃は「ベストヒットUSA」と「MTV」が全盛でしたから。

マスター:なるほど。

僕:周りでジャズ聴いてたのは、吹奏楽とかバンドやってる人か、ジャズ研か、オーディオマニアか、お父さんがSP版のコレクターの人くらい。「ジャズ」って言うと、どうしてもマニアックで敷居が高く、入り難いイメージがあって。

マスター:そうだね。

ママ:奥さんはジャズお聴きになるんですか?

かみさん:聴きません。(笑)ジャズって、アドリブが延々続いたりして、ポップスとかロックと比べると、起承転結がはっきりしない感じ。「誰に聴かせるための演奏なんだろう」って感じで、聴いていてとにかく疲れることが多くて。だから私はロックの方が好きです。(笑)

ママ:そうですか!ロックはどんなものをお聴きになるんですか?

かみさん:昔はクラプトン、プリンス、ジミヘン、ドアーズ、ジャニスとか好きでしたね。最近はP!nkとかスティービー・ニックスなんかが好き!

マスター:プリンスとかジャニス、ジミヘンのレコードあるからかけようか?

かみさん:お願いします。

隣に座った別のお客:ジャズは決して排他的な音楽ではないから、ぜひ聴いてほしいなぁ~。

僕:そうですよね!でも、ジャズについての雑誌の記事なんかで、「後年のマイルスにはがっかりしたね」とか書かれていたりすると、やっぱり入り難く感じましたね。

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マスター:それは違うよね。いつもおんなじことやってたらマンネリ化するじゃない。マイルスがロックを取り入れた時は、僕もはじめはガクッときたけど(笑)、常に新しいことにチャレンジしてきたから、時代を先取りしてずっと第一線でやって来れたんじゃない?

僕:そうですね。

マスター:ファンは自分が感動した作品にこだわるんじゃなくて、一歩引いて、ミュージシャンを見守ってあげなきゃ。

僕:そうですね。

マスター:じゃ、ジャズは全く聴かなかった?

僕:いや、それでも興味はあったし、ロックとかポップなものには飽きはじめてたから、雑誌のレコ評とか読んで、試しにCD買って聴いてみたりはしました。

マスター:どんなの聴いたの?

僕:コルトレーン(John Coltrane)の「至上の愛(A Love Supreme)」。

マスター:どうだった?

僕:ぜんぜんわからなくて、みごと撃沈。(笑)

マスター:ははは。初めて聴く人に薦めるものじゃないよね。だからみんなジャズが嫌いになっちゃうんだよ。

僕:ええ。

マスター:他にはどんなの聴いたの?

僕:MJQとかチェット・ベイカー、ソニー・クラーク、チャーリー・パーカー、マイルスもちょこっと。あとアート・ブレイキー。学生時代は写真にハマってて、雑誌「太陽」の太陽賞の講評を読んでたら、篠山紀信が若いころ新宿の「キーヨ」でアート・ブレイキーの「モーニン」を聴いて衝撃だったって。

マスター:篠山紀信が「キーヨ」行ってたんだ!僕の頃はとっくになくなってたけど。「DIG」には通ったなぁ。

僕:えぇ、そうみたいです。60年安保闘争の頃で、学生運動が盛んだった時代とか。

マスター:「キーヨ」は当時から伝説のお店。マスターがスパイだったとか、いろんな話があった。(笑)

僕:へぇ!でもまぁ、それで「モーニン」聴いてみたくなったんです。真っ暗にしたアパートの浴室や暗室で現像しながらかけてると気分が盛り上がるので、結構気に入ってました。でも「ジャズはとらえどころがなくてよくわからない」とも思ってました。

マスター:そう。

僕:だから初めてここに来た時も、コーヒー頼んで一服して「何かかけましょうか」と聞かれて困ったんです。(笑)自分はジャズを全然わかってないし・・・ジャズ喫茶でジャズをリクエストしないのは失礼だろうと思ったので、苦肉の策で思いついたのが「Getz/Gilberto」(笑)。

(Getz/Gilberto:アメリカのジャズ・サックス奏者スタン・ゲッツと、ブラジルのボサノヴァ歌手ジョアン・ジルベルトが1964年に発表したアルバム。ビルボード誌のアルバム・チャートで2位、グラミー賞の最優秀アルバム賞、最優秀エンジニア賞を受賞。アメリカでボサノヴァブームのきっかけとなった作品。)

マスター:なるほど。(笑)当時からボサノヴァは聴いていたんだ?

僕:そうですね。結構聴いていました。

ママ:きっかけは何だったんですか?

僕:映画ですね。その頃、恋愛してて(笑)、いっしょによく映画を観てたんですが、その中に「男と女」というフランス映画があったんです。

マスター:あぁ、「男と女」ね。サントラあるからかけようか?」

僕:あとでお願いします。あの映画の中で、ピエール・バルーが演じるスタントマンの旦那とアヌーク・エメがブラジルに旅行するシーンがありますよね。そこで流れていた「サンバ・サラヴァ(Samba Saravah)」がものすごく新鮮で印象的だったんです。そこからボサノヴァに興味がわいて・・・ジョアン・ジルベルトが今でも一番好きですね。

隣の客:あれは良い映画だったよね!

マスター:なるほど。その後も来たんだっけ?

僕:いいえ。それっきり。(笑)大学を出て、東京で10年くらい、その後シドニーで6年くらい暮らして、水戸に戻ってくるまで一度も来なかったですね。

マスター:そういえば、戻ってきてすぐお父さんといっしょに来たんだよね?

僕:そうです。オーストラリアに行く前、親父とここの話をしたことがあったんです。銀杏坂の「とらや」の近くにジャズの聴けるお店があるって。親父はレコードを聴くのが好きだったんですが、ステレオを手放してから聴けなくなり、ずい分前に駅前の「カティサーク」がなくなってがっかりしてたんです。だから、ここならいいかもしれないと思って。

ママ:お父さん、わざわざ探していらしたみたいですよ。

僕:そうみたいですね。帰国して戻ってみたら、「銀杏坂のジャズバー行こう」って言い出して・・・

ママ:いつもひとりでいらして「ここは息子に教わったんだ」って嬉しそうに話してて、水戸に帰ってくる前もいらして、「息子が帰ってくる」って嬉しそうでしたよ。

僕:そうだったんですか!親父とはあまり話をしなかったから意外ですね。親父はジャズはあまり聴かないけど、ここは気に入っているみたいですよ。

マスター:お父さんは映画が好きだし、趣味が広いよね。

僕:そうですね。「風とともに去りぬ」とか「アラビアのロレンス」とか「太陽がいっぱい」とか・・・

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(写真:水戸在住の映画絵看板師、大下武夫さんの絵看板展「懐かしの銀幕スター展」より。)

子供の頃、家には映画のサントラ版がたくさんあったし、オペラやシャンソン、カンツォーネなんかも聴くし、フォークとかいわゆるニューミュージックなども好きですね。

マスター:お父さん若いよね。

僕:そうですね。昔、有楽町の西武で働いていたことがあって、その頃にたくさん映画を観たそうです。だからここに来て映画のサントラを聴くと、昔観た時の感動を思い出すみたいですね。

マスター:いつも「愛の泉(Three Coins in the Fountain)」リクエストするね。

僕:多分、親父の時代は映画を観るのも、レコードを手に入れるのも大変だったから、大事に大事に、何度も何度も、観たり聴いた「思い入れ」があるんでしょうね。

マスター:そうだね。昔は今みたいに簡単に情報が手に入る時代じゃなかったし、映画がいちばんの娯楽で、情報源だったから。

僕:そうですね。

S&Fの歴史に残る人々・伝説のアートペッパー水戸公演(1979年)

僕:ここはうちみたいに親子で来る人も多いんですか?

ママ:いますよ。3代にわたって来ている人もいます。

僕:今そういうお店って探してもなかなかないですよね。

マスター:そうだね。ジャズ喫茶自体減ったからね。

僕:若い人も来るんですか?

マスター:30代~40代、その上が多いけど、20代の人も来るよ。昼間に喫茶やってた頃は、茨高とか茨キリの学生も来てた。

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ママ:私も茨キリだったの。

僕:ひょっとして、ママって女優の中島ゆたかさんと同じくらいの年代ですか?あの方も確か茨キリでしたよね?

ママ:ええ。だいたい同じくらいです。

マスター:家がこの近くで鮨屋やってたんだよ。

ママ:ご存知なんですか?

僕:昔、よくドラマや映画に出てらっしゃいましたよね?松田優作のTVドラマ「探偵物語」とかに出てて、すごい美人だったからよく覚えてます。(第2話、第19話、第27話に登場)

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ママ:ゆたかさんは高校時代から、そりゃ~美人で有名でしたから。

マスター:ミス・パシフィックの日本代表に選ばれたんじゃなかったっけ?

ママ:そうだったわね。

僕:水戸出身の有名人と言えば・・・俳優の渡辺裕之さんは実家が下市の写真館ですよね。

ママ:ええ。渡辺さんはジャズがお好きで、もともと俳優よりもミュージシャンになりたかったんですって。ドラムやってらして、女の子にものすごく人気でしたよ。

マスター:うちにもよく来たよね。

ママ:ええ。「僕の好きなお店」って、わざわざ紹介してくださったこともあります。

僕:そうですか!40年以上もお店をやっていたら、いろんなことがあったでしょう?

マスター:そうだね。始まってすぐの頃のお客さんたちは今60歳くらい。その頃のお客さんで、ここで知り合った人から借りた機材で映画撮ったら賞もらっちゃって、後で日芸に進んでCMディレクターになった人がいたよ。もう亡くなっちゃったけど、結構有名なCMつくってたんだよね。

ママ:その頃いっしょにお店に来ていたガールフレンドと結婚して、彼女はモデルになってCMにも出てたわね。

僕:それ自体映画みたいな話ですよね。

マスター:そうだね。その頃の人で、NYにわたってジャズ・ミュージシャンと結婚した人もいたなぁ。

僕:へぇ、それはまさに映画だ!

マスター:プロのミュージシャンの中には水戸で公演する時に寄ってくれる人もいるよ。

ママ:憂歌団のメンバーの方はよくいらしてます。

マスター:あ、そうそう。昔、ゴダイゴのミッキー吉野さんが来た時、ママが追い返しちゃったんだよね。(笑)

僕:ママの武勇伝ですね!

ママ:あれは閉店時刻間際だったから、バタバタしてて誰だかよくわからなかったのよ!

マスター:あとは・・・アート・ペッパーが水戸に来た時のこと。ママが手伝ったんだよ。ほら、これ。

(アート・ペッパー【Art Pepper】:1925年 – 1982年。アメリカのサックス奏者。1979年に水戸で公演。)

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(写真:「ジャズ批評 No.114」より。)

僕:有名な方なんですか?

マスター:うん。来日した時は、薬で身体を壊してしばらく休んだ後だったけど、事務所の人が突然お店に来て、市民会館でやるから手伝ってもらえないかって頼まれて。前売りなしの当日券だけだったけど、アッという間に売り切れて満席になったんだよ。で、ママがペッパーと奥さんに水戸の街を案内したんだよ。

かみさん:ママかっこいい~!

僕:本当だ!かっこいいですね~。さぞかしモテたでしょう?

ママ:そんなことないですよ!急な話だったからビックリしましたけど、マスターが手伝ってあげたらって勧めてくれて。ペッパーは体調が悪そうでしたけど、奥さんがとても良い人でね。脇で支えている感じでしたよ。で、日本のファンがものすごく歓迎したから、嬉しかったみたい。それからしばらく経ってからだったわね、亡くなったのは。でも、日本のことは気に入ってたみたいですよ。

僕:いやぁ、いろいろ興味深い話をありがとうございます。

S&Fのマスターお薦めのジャズ

僕:じゃ、そろそろマスターのオススメを伺ってもいいでしょうか?

マスター:え、そうなの?困ったなぁ・・・(笑)

僕:では、ジャズ初心者にオススメする入門版3枚を選ぶとしたら・・・

マスター:・・・これかなぁ。

Waltz for Debby(Bill Evans Trio 1961)

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The Scene Changes’ -The Amazing Bud Powell, Volume Five(Bud Powell 1958)

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FOUR & MORE(Miles Davis 1964)

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僕:ありがとうございます。じゃ、次はマスターのジャズ人生におけるベスト3。

マスター:う~ん・・・これかな。これはジャズに開眼するきっかけとなった作品で今も聴きます。

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Study In Brown(Clifford Brown and Max Roach 1955)

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あとの2枚は、ジャズの凄さを感じたもの。

ERIC DOLPHY AT THE FIVE SPOT Vol.2(Eric Dolphy & Booker Little 1961)

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POINT OF DEPARTURE(Andrew Hill 1965)

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マスター:これはママのお気に入り。

ママ:好きなんですよ!お店のBGMにしてるんです。

僕:サックスがクールな感じで僕も好きです。

ZOOT AT EASE (ZOOT SIMS QUARTET 1973)

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僕:今日はいろいろお話を聞かせていただき、ありがとうございました。そろそろ御暇したいと思います。

ママ、マスター:ありがとうございました。お父さんによろしくお伝え下さい。

隣の客:またね~!

僕、かみさん:おやすみなさい!

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僕:おぉっ、今日は千波湖の花火大会だったんだ!北口からも見えるんだね!

かみさん:きれい~!

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後記

水戸のS&Fは、半世紀近くもの間、音楽と酒を愛する多くの粋人が通ってきたお店です。

僕にとってS&Fは「豪華なオーディオ付きの隠れ家」のような場所ですが、ここに通うようになってから、ジャズとウィスキーの良さだけでなく、水戸の街に対する理解が深まってきたように感じています。

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それは多分、歳をとったせいもあるでしょうが、マスターやママ、ここで出会う方々のおかげです。

ネットにつながれば簡単に情報が手に入り、いつでもどこでも手軽に音楽を聴ける時代に、腰を落ち着けてレコードに耳を澄ませるというのは、一見時代遅れなようでいて、実はとても贅沢なことではないでしょうか。

また、半世紀近くもの間ジャズを聴き続け、ジャズに対する愛情と造詣の深いマスターから直接ジャズの手ほどきを受けられるというのは、実はとても稀有なことではないかと思います。

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特に、こういうお店が少なくなってきている昨今、それはとても幸運なジャズとの出会いであり、ひょっとすると、この先そういう機会はなくなってしまうのかもしれません。

ジャズに馴染みのない人にこそ、S&Fをお薦めします。

週末は常連さんで賑わっているので、ゆっくり音楽や会話を楽しむなら、それ以外の日がいいでしょう。

ジャズバーS&F(Sound & Fury)
茨城県水戸市三の丸1-4-16 029-221-3232
18:00~翌2:00 無休(まれに休みのこともあるので、確認をおすすめします)

茨城県水戸市三の丸1-4-16
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2 Responses to “水戸銀杏坂のS&F(サウンド・アンド・フューリー)は、40年以上続く老舗ジャズバー”

    • コメントとフォームからのメッセージありがとうございました。

      お返事を差し上げたのですが、softbankのアドレスにメールが届かず、戻ってきてしまったので、コメント欄にてご挨拶させていただきます。

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